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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)57号 判決 1991年12月26日

原告 イーシーシー インターナショナル リミテッド(旧商号・イングリッシュ クレイズ ラバリング ポチンアンド カンパニー リミテッド)

右代表者 アラン ジョーフリー ホウケン

右訴訟代理人弁理士 北村欣一

同 町田悦夫

同 清水善廣

被告 特許庁長官 深沢亘

右指定代理人通商産業技官 鈴木紀子

<ほか一名>

同通商産業事務官 廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年審判第一二六〇八号事件について昭和六三年一〇月二〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五五年九月一九日、名称を「紙用コーティング顔料」とする発明(後に「軽量コート紙」、さらに「グラビア印刷用軽量コート紙」と補正。以下「本願発明」という。)について、一九七九年九月一九日イギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五五年特許願第一二九四一二号)をしたが、昭和六二年二月二六日拒絶査定がなされたので、同年七月二〇日査定不服の審判を請求し、昭和六二年審判第一二六〇八号事件として審理された結果、昭和六三年一〇月二〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」の審決がなされ、その謄本は同年一一月一六日原告に送達された。

なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加されている。

二  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

主に層状格子ケイ酸塩より成り、該層状格子ケイ酸塩は三以下の粒度範囲因子を有し、かつ、その粒子の最大で五重量%は相当球直径が〇・二五ミクロン以下であり、その粒子の最大で五重量%は相当球直径が一〇ミクロン以上である顔料を含む組成物によって、最大で10g/m2のコーティング重量でコーティングされた、グラビア印刷用軽量コート紙

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項(特許請求の範囲第1項)記載のとおりと認める。

2  これに対し、本件出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな刊行物である昭和四九年特許出願公告第二一二五一号公報(以下「引用例」という。別紙図面B参照)には、天然カオリンから分級されるカオリンが二μ以下の粒度を約八〇~九六重量%、一μ以下の粒度を約五五~八五重量%、しかし〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下で含有するカオリンとサテン白の紙被覆用顔料組成物が開示されている。そして、右紙被覆用顔料組成物は、塗被紙の光学的性質を改良するものであること(第一欄第二八行ないし第三六行)が記載され、図1には粒子の球直径の分布が記載されている。

3  本願発明と引用例記載の発明を対比すると、両発明は、主にケイ酸基から成り、三以下の粒度範囲因子を有し(別紙図面Bの曲線B、C、D、F)、かつ、その粒子径〇・二五μ以下のものが若干量含まれ、球直径一〇μ以上のものが五重量%以下(別紙図面Bの曲線A、C、D、E、F)である顔料を含む組成物によってコーティングされた塗被紙である点において一致する。

しかしながら、両発明は、左記の二点において相違する。

① 本願発明が、〇・二五μ以下の粒径のものが最大五重量%であるのに対し、引用例記載の発明は、〇・二μ以下の粒径のものを約二〇重量%以下で含有する点

② 本願発明が、グラビア印刷用軽量コート紙に関するものであるのに対し、引用例には、その塗被紙と印刷の種類の関連が特に説明されていない点

4  各相違点について検討する。

① 引用例記載の発明の特許請求の範囲の記載及び別紙図面Bをみると、粒度範囲が大多数は〇・二μ以下二μ近傍を占めており、〇・二μ以下のものは約二〇重量%であって、極微小粒径のものは極力除外しようとする指標を教えている。したがって、粒径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下にしてみることは、当業者が困難なくできる事項であって、本願発明と引用例記載の発明は、数値的にみれば相違はあるものの、数値の差によって著しく作用効果の面において差異が生ずるとは認められない。

② 本願発明は、そのコート紙をグラビア印刷用軽量コート紙に用途限定している。

しかしながら、通常の印刷用の塗被紙は多面的に利用されるものであって、引用例記載の発明の塗被紙も、前記の構成によって、グラビア印刷用に使用しても良好な結果を得ると推測されるから、本願発明がそのコート紙の用途をグラビア印刷用紙に限定したことに、格別の意味は認められない。

5  そして、本願発明のように、顔料を含む組成物によって最大で10g/m2のコーティング重量でコーティングすることは、通常実施されている域を出るものではない。

6  以上のとおり、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

引用例に審決の理由の要点2の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例記載の発明が審決認定の相違点を有することは認める。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例記載の発明の一致点の認定、及び、各相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を誤って否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  一致点の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例記載の発明は主にケイ酸塩から成り、三以下の粒度範囲因子を有し、その粒子径〇・二五μ以下のものが若干量含まれ、球直径一〇μ以上のものが五重量%以下である顔料を含む組成物によってコーティングされた塗被紙(以下「コート紙」という。)である点において一致する、と認定している。

しかしながら、本願発明は、良好なグラビア印刷特性を備えた軽量コート紙の創案を技術的課題(目的)とするところ、グラビア印刷はグラビア版にエッチングされた孔内に充填されたインクを紙に移して印刷する方式であるから、印刷用紙にはグラビア版と接触し加圧された時に表面が平滑であるための「圧縮性」が要求される(グラビア印刷以外の印刷方式においては、紙の圧縮性は必要とされない。)。すなわち、本願発明は、紙の圧縮性の改良を技術的課題(目的)とするものであって、紙の光学的性質(白色度、不透明度など)の改良を技術的課題(目的)とするものではない。本願発明が顔料の主成分として層状格子ケイ酸塩を選択したのは、これが粒状粒子のように詰まりやすくなく、圧縮性を得やすいからに他ならない。また、本願発明は、顔料の粒度分布を狭くすれば紙の圧縮性が改良されるとの知見に基づき「粒度範囲因子」という概念を創案して、三以下という狭い粒度範囲因子を選択し、さらに、詰まりやすさの要因となる微細粒子を排除するために、粒子径が〇・二五μ以下のものを五重量%以下にする構成を採用したのである。要するに、本願発明は、層状格子ケイ酸塩のみを不可欠の要件とし、その粒度分布を特定の数値に限定することによって、良好なグラビア印刷特性を得ようとする技術的思想である。

これに対し、引用例記載の発明は、コート紙一般について、紙の光学的性質の改良を企図するものである。すなわち、引用例記載の発明は、サテン白と呼ばれる合成物が紙の不透明度や光沢を改善するとともに白色度も改善し得るという知見、及び、ある種のカオリンはサテン白の懸濁液とプレミックスすると良好な光学的性質を示すという知見に基づいて、サテン白を不可欠の要件とし、本来不安定なサテン白をいかにして安定させるかを技術的課題(目的)とするものであって、紙の圧縮性(グラビア印刷特性)とは無縁の技術的思想である(なお、審決は第三頁第九行以下の本願発明と引用例記載の発明の対比において、別紙図面Bの曲線AないしFに論及しているが、このうち曲線C及びDのみが、審決が引用例記載の発明と認定したものの数値範囲に含まれることが明らかである。したがって、以下に「引用例記載の発明」というときは別紙図面Bの曲線C及びDによって表示されるもののみを指す。)。

このように、引用例記載の発明は、サテン白を不可欠の要件とし、これとの共存状態におけるカオリンの粒度の数値を特定するものである。しかるに、審決は、引用例記載の発明の技術的課題(目的)におけるサテン白の意義を無視し、カオリンのみを捉えて、本願発明と引用例記載の発明は主にケイ酸塩より成る顔料を含む組成物によってコーティングされたコート紙である点において一致する、と認定したものであって、明らかに誤りである。

2  相違点①に関する判断の誤り

審決は、引用例は極微小粒径のものは極力除外せんとする指標を教えているから粒径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下にしてみることは当業者が困難なくでき、本願発明と引用例記載の発明のものは数字的にみれば相違はあるものの、両発明の数値の差により著しく作用効果の面で差異が生ずるとは認められない、と説示している。

しかしながら、本願発明は、粒子径〇・二五μ以下のものを五重量%以下とすることを不可欠の要件としている。これは、最小の粒子群を組成するものの径を粗くすることによって紙の圧縮性(グラビア印刷特性)を得ることを企図するものであって、例えば別紙図面A図2の曲線Dのように粒子径〇・二五μ以下のものが約二〇重量%含まれると、本願発明に特有の紙の圧縮性を得ることはできない。

これに対し、引用例記載の発明は、紙の圧縮性を考慮することなく、紙の光学的性質を改良するために粒子径〇・二μ以下のものを約二〇重量%以下にすることを要件とするものであって、粒子径〇・二五μ以下のものの含有量をどの程度とすべきかについては、引用例には何ら開示されていない。そして、別紙図面Bの曲線C及びDは、粒子径〇・二五μ以下のものの含有量が約二一重量%と約二五重量%であること、粒子径〇・二μ以下のものの含有量は約一六重量%と約一七重量%であることを示しているにすぎず、このようなものが紙の圧縮性(グラビア印刷特性)の点において本願発明と同様の効果を奏し得ないことは明らかである。

したがって、引用例は極微小粒径のものは極力除外せんとする指標を教えているとし、両発明の数値の差により著しく作用効果の面で差異が生ずるとは認められないとした審決の説示は何ら根拠がなく、審決の相違点①の判断は誤りである。

この点について、被告は、引用例記載の発明にいう「〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下」ということは〇・二μ以下のものを〇重量%とすることも意味するが、本願発明が要旨とする「最大で五重量%は相当球直径が〇・二五ミクロン以下」は〇・二μ以下のものが五重量%以下であることも含むから、引用例記載の発明の技術的範囲に入ってしまう、と主張する。しかしながら、径〇・二μ以下の粒子の含有量を二〇重量%以下とする点において引用例記載の発明と一致することから、直ちに、径〇・二五μ以下の粒子の含有量を五重量%以下に限定した本願発明の技術的意義が失われるものではない。すなわち、本願発明が「最大で五重量%は〇・二五ミクロン以下」を構成要件とするということは、〇・二五μ以下のものが五重量%を越えなければ所期の効果が得られるが、五重量%を越えると所期の効果を得られないことを意味する。同様に、引用例記載の発明が「〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下」を構成要件とするということは、〇・二μ以下のものが約二〇重量%を越えなければ所期の効果が得られるが、約二〇重量%を越えると所期の効果を得られないことを意味する。したがって、本願発明の技術的意義は、本願発明において〇・二五μ以下のものの臨界値とされている「五重量%」と、引用例記載の発明において〇・二μ以下のものの臨界値とされている「約二〇重量%」を比較して判断すべきであるから、被告の右主張は失当である。

3  相違点②に関する判断の誤り

審決は、引用例記載の発明の塗被紙もグラビア印刷用に使用して良好な結果を得ると推測され、本願発明がその軽量コート紙をグラビア印刷用と限定したことに格別の意味は認められない、と説示している。

しかしながら、引用例記載の発明が不可欠の要件とするサテン白は、通常グラビア印刷用のコート紙には使用されない。また、引用例記載の発明の実施例において粘結剤成分として採用されている澱粉は、オフセットコーティングに広く使用されるものであるから、引用例記載の発明の塗被紙もグラビア印刷用に使用して良好な結果を得るとの推測には、何ら根拠がない。

そして、グラビア印刷用軽量コート紙には、前記のように、グラビア版と接触し加圧された時に表面が平滑であるための「圧縮性」が要求されるところ、本願発明は、その要旨とする構成によって初めてこれを完全に達成したものであるから、本願発明がその軽量コート紙をグラビア印刷用と限定したことに格別の意味は認められない、という審決の説示は誤りである。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  一致点の認定について

原告は、本願発明が紙の圧縮性の改良を技術的課題(目的)とするものであるのに対し、引用例記載の発明は紙の光学的性質の改良を企図してサテン白を不可欠の要件とし、サテン白をいかにして安定させるかを技術的課題(目的)とするものであるから、引用例記載の発明の技術的課題(目的)におけるサテン白の意義を無視し、カオリンのみを捉えて、本願発明と引用例記載の発明は主にケイ酸塩より成る顔料から成る組成物によってコーティングされた塗被紙である点において一致するとした審決の一致点の認定は誤りである、と主張する(なお、別紙図面Bの曲線のうち、曲線C及びDのみが審決が引用例記載の発明と認定したものの数値範囲に含まれることは認める。)。

しかしながら、本願明細書には本願発明が紙の圧縮性の改良を技術的課題(目的)とすることは記載されていない。ただ、明細書の第二二頁第二行以下に、別表の粘土B、C、E、F、G及び選鉱タルクが良好な印刷等級をもたらすのは圧縮性が良いためと考えられることが記載されているが、このうち粘土Gと選鉱タルクは本願発明の要旨から外れるものであるから、紙の圧縮性を改良し良好なグラビア印刷特性を得たことが本願発明に特有の効果であるという原告の主張には、根拠がない。

また、本願発明の顔料組成物には「主に」層状格子ケイ酸塩より成ることを要旨とするものであるから、副次的な成分として他の顔料を添加することを当然の前提としている。そして、サテン白はカオリンと併用される塗被顔料として周知のものであるから、カオリンとサテン白によって組成される引用例記載の紙被覆用顔料組成物は、本願発明における副次的な成分がたまたまサテン白である場合に相当する。要するに、本願発明と引用例記載の発明は、層状格子ケイ酸塩を主成分とする顔料によって紙をコーティングする点において、全く一致するといわざるを得ない。

2  相違点①に関する判断について

原告は、本願発明は粒子径〇・二五μ以下のものが五重量%以下であることを不可欠の要件とするのに対し、引用例記載の発明は粒子径〇・二μ以下のものを約二〇重量%以下にすることを要件としており、別紙図面Bの曲線C及びDは粒子径〇・二五μ以下のものを約二一あるいは二五重量%とすることを示しているにすぎない、と主張する。

しかしながら、引用例には、二μ以下の粒度を約八〇ないし九九重量%、一μ以下の粒度を約五五ないし八二重量%、しかし〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下で含有し、かつ、粒度範囲因子が三以下のカオリン(層状格子ケイ酸塩)を主な顔料とする紙被覆用顔料組成物と、この組成物を被覆した紙が記載されており、右コート紙は光学的性質が改良されていること、光学的性質の改良のためには〇・二μ以下の粒度のものの含有量が大きく影響するので、紙被覆用顔料を得る場合には微細の粒度のカオリンを除去することが有利であることが開示されているといえる。そして、「〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下」ということは、〇・二μ以下のものを二〇重量%から〇重量%までとするという意味である。そうすると、本願発明が要旨とする「最大で五重量%は相当球直径が〇・二五ミクロン以下」は、〇・二μ以下のものが五重量%以下である範囲も含むから、引用例記載の発明の技術的範囲に入ってしまうことは明らかである。

このように、本願発明と引用例記載の発明は、微細の粒子の含有量を少なくすることを企図する点において一致し、しかも本願発明は主成分の相当球直径〇・二五ミクロン以下の粒子の含有量において引用例記載の発明に包含される関係にあるから、右含有量の数値を限定した点に格別の技術的意義は認められず、相違点①に関する審決の判断に誤りはない。

そして、本願明細書に、別表の粘土Gと選鉱タルクが本願発明の要旨から外れるものであるにもかかわらず良好な印刷等級を示すとされていることは前記のとおりである。したがって、本願発明は前記微小粒子含有量を引用例記載の発明のものより狭い範囲に限定したがそのことにより選択発明を構成するに足りる格別の作用効果が奏されるものでないから、著しく作用効果の面で差異が生ずるとは認められない、とした審決の判断にも誤りはない。

3  相違点②に関する判断について

グラビア印刷用紙に求められる性質のうち重要なものは、平滑性、白色度、不透明度及びインクの受容性である。しかるに、塗被紙は一般に、平滑性、白色度、不透明度及びインクの受容性が優れているから、当然にグラビア印刷用に使用できる。そして、引用例記載の塗被紙は、光学的性質を改良したものであるから、グラビア印刷用に使用して良好な結果を得ると推測されるとした審決の説示に誤りはない。

この点について、原告は、サテン白は通常グラビア印刷用コート紙には使用されないし、澱粉はオフセットコーティングに広く使用されるものである、と主張する。

しかしながら、サテン白は塗被顔料として周知慣用のものである。また、粘結剤が澱粉であるコート紙であってもオフセット用には限定されないし、引用例記載の発明の粘結剤が澱粉に限定される理由もない。

第四証拠関係《省略》

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

一  《証拠省略》によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。図1は昭和六二年八月一九日付け手続補正書のもの。なお、右甲第四号証及び第五号証による字句の訂正については、引用箇所の摘示を省略する。)。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、グラビア印刷用軽量コート紙に関する(昭和六一年一二月二四日付け手続補正書第二頁第一〇行及び第一一行)。

グラビア印刷に適する紙は新聞印刷紙からマットアート紙に至る広範囲の種類から経験に基づいて選択されるが、不当な圧力を要せずにインクを十分に吸収するものが好ましく、一般にコート紙が良好な結果を与える(明細書第四頁第一九行ないし第五頁第五行)。

グラビア印刷は凹版印刷の一形式であるが(同第二頁第一〇行)、シリンダーの凹状セルが凸版印刷のレリーフ型より磨耗を受けることが少ないので、雑誌、カタログあるいは定期刊行物などの大量の印刷に特に適する。そして、郵送料を最小にするため、この種の刊行物を軽量コート紙に印刷する傾向が増えている(同第五頁第六行ないし第一四行)。

しかしながら、軽量コート紙にグラビア印刷する場合にみられる非常に一般的な欠点は、中間の階調で最も目立つ斑点の生成である。この斑点の生成は、コート紙の表面とシリンダーの表面の間の接触不足が原因であって、幾つかの凹状セルからインクが取り出されず、印刷画像を作るべき小さな点の幾つかが完全に形成されないのである(同第五頁第一四行ないし第六頁第二行)。

なお、軽量コート紙に良好なグラビア印刷を得るため、顔料の粒径を小さくして軽量コート紙の表面を滑かにすることが考えられるが、製造コストが嵩む不都合がある(昭和六二年八月一九日付け手続補正書第二頁第一〇行ないし第一三行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の右問題点を解決するグラビア印刷用軽量コート紙を創案することである(同第二頁第一七行ないし第一九行)。

2  構成

本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲第1項記載の構成を採用したものである(昭和六二年八月一九日付け手続補正書第四頁第二行ないし第九行)。

本願発明にいう粒度範囲因子(PSRF)は、顔料中の粒度の範囲を中間粒度の関数として表示するものであり、左式によって特定される(「e.s.d.90%」とは、全粒子の九〇重量%を通過する最大相当球直径である(明細書第六頁第一三ないし第七頁初行)。

粒状固形物の水性懸濁液における「相当球直径」とは、ストークスの法則によって、一定温度の懸濁液の一定垂直距離を、粒子として同時に落下する球の直径を意味する。e.s.d.90%、e.s.d.50%、e.s.d.10%の相当球直径は、粒状固形物の中で一連の相当球直径より小さい粒子の重量%を測定した上、相当球直径の対数を横軸に、「より細かい粒子重量%」を縦軸にするグラフにプロットすることによって決定される(昭和六〇年九月二五日付け手続補正書第四頁第三行ないし第一二行)。

本願発明は、軽量コート紙に用いる顔料の粒子の分布範囲を狭めれば、軽量コート紙のグラビア印刷適性を著しく高め得るという知見に基づく。したがって、別紙図面Aの粘度分布曲線にみられるように、本願発明のグラビア印刷用軽量コート紙に用いる顔料(B、C、E及びFが本願発明の実施例であるカオリナイト粘土)が示す曲線の中心は、従来のコート紙に用いる顔料(A、D)が示す曲線の中心より急勾配であり、かつ、曲線の尾の長さが、特に微細粒度の端において、短くなる(曲線の尾の長さは、曲線のより平坦な上部と下部が、縦軸の「より細かい一〇〇重量%」と「より細かい〇重量%」にそれぞれ近付く間隔を意味する。明細書第七頁第六行ないし第一九行、第二一頁の表の下第一行)。

3  効果

別表は、本願発明の実施例であるB、C、E及びFのカオリナイト粘土でコーティングしたグラビア印刷用軽量コート紙と、その他の顔料でコーティングしたコート紙に対するグラビア印刷について、斑点の程度(又は、印刷されなかった点の数)により等級分けした結果を示す(等級1が最善、等級7が最悪である。)。これによれば、本願発明の実施例であるグラビア印刷用軽量コート紙は、従来のコート紙に比較すると、印刷されなかった点の数が少なく、特に、コーティング重量が軽い方が顕著に改良されることが明らかである。これは、本願発明の実施例であるB、C、E及びFのカオリナイト粘土が圧縮性に優れ、エッチングしたシリンダーの凹状セルからインクを良好に吸収するためと考えられるが、この圧縮性は、材料の均一な粒度分布の結果にほかならない(明細書第二一頁の表の下第一行ないし第二二頁第一三行)。

二  以上のとおり、本願発明は、グラビア印刷に適するコート紙の創案を技術的課題(目的)とし、コーティングに使用する顔料粒子の粒度分布を狭めることを特徴とするものと認められ、かつ、本願発明が採用する構成によってグラビア印刷特性が改良される理由は紙の圧縮性が改良されるためであると推定されていることが認められる。

三  一致点の認定について

原告は、本願発明が紙の圧縮性の改良を技術的課題(目的)とするものであるのに対し、引用例記載の発明は紙の光学的性質の改良を企図してサテン白を不可欠の要件とし、サテン白をいかにして安定させるかを技術的課題(目的)とするものであるから、引用例記載の発明の技術的課題(目的)におけるサテン白の意義を無視し、カオリンのみを捉えて、本願発明と引用例記載の発明は主にケイ酸塩より成る顔料を含む組成物によってコーティングされた塗被紙である点において一致するとした審決の認定は誤りである、と主張する。

そこで引用例記載の技術内容を検討するに、《証拠省略》によれば、引用例記載の発明はサテン白―粘土組成物(「サテン白―粘度組成物」とあるのは誤記と考えられる。)ならびにその製造法に関し、特にコート紙の光学的性質を改良することに関するものであって(第一欄第二五行ないし第二八行)、コート紙の被覆顔料として「サテン白」の名称で知られているカルシウムスルホーアルミネートを低濃度で使用すると、紙の不透明度及び光沢が改善され、白色度もある程度改善されること(第一欄第三一行ないし第二欄第一三行)、サテン白は水酸化カルシウム溶液と硫酸アルミニウムを混合することによって製造されるが、サテン白の製造における主要な問題点は安定性の確保であること(第二欄第一四行ないし第一七行)、すなわち、サテン白は約二五%固形分の水懸濁液に保持せねばならず、乾燥はサテン白の安定性を阻害すること(同欄第一七行ないし第二〇行)、しかしながら、高い水含有量は、輸送コストを法外なものとし、寒冷気候における輸送が妨げるのみならず、コート紙の乾燥時間及びコストを増大するという商業的な問題点を誘起すること(同欄第二六行ないし第三三行)を従来技術の欠点として捉え、これを解決することを技術的課題(目的)とするものと認められる。そして、同号証によれば、引用例記載の発明は、石灰―明ばん沈澱物から成るサテン白懸濁液とカオリンをプレミックスし、次いでスプレー乾燥すると五%以下の水分を含有する粉末状物質が生成され、これを乾燥しても被覆性質が劣化しないこと、及び、あるタイプのカオリンはサテン白懸濁液とプレミックスすると良好な光学的性質を示すとの知見(第二欄第三五行ないし第三欄第四行)に基づいて創案され、審決認定の事項を特許請求の範囲とするもの(第一四欄第9表下の第五行ないし末行)と認められる。

このように、引用例記載の発明は、コート紙の光学的性質の改良を技術的課題(目的)とするものであることが明らかである。そして、別紙図面Bの曲線のうち曲線C及びDのみが、審決が引用例記載の発明として認定したものの数値範囲に含まれることについて当事者間に争いがないところ、前掲甲第七号証によれば、曲線Cが表す試料3及び曲線Dが表す試料4(第四欄初行ないし第八行)が、光沢、反射率、白色度及び不透明度において優れた性質を示すことが記載されていると認められる(第五、六欄の第2表)。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明が具体的な技術的課題(目的)を異にすることは、原告が主張するとおりというべきである。

しかしながら、たとえ別異の技術的課題(目的)を解決するための発明であるにせよ、結果として開示されている技術的事項が同一であるならば、発明として同一であることはいうまでもない。そして、前記一及び三認定の事実によれば本願発明と引用例記載の発明はコート紙(又は、紙コーティング用の組成物)に関するものである点において共通し、本願発明に示されている構成と引用例記載の発明に示されている構成を対比すれば、いずれも、主としてケイ酸塩から成り、三以下の粒度範囲因子を有し、粒子径〇・二五μ以下のものが若干量含まれ、球直径一〇μ以上のものが五重量%以下である顔料を含む組成物によってコーティングされたコート紙である点において一致することは否定し得ない。

引用例記載の発明が「カオリンとサテン白との紙被覆用顔料組成物」であることは前記認定のとおりである。しかしながら、本願発明が要旨とする特許請求の範囲には「主に層状格子ケイ酸塩より成り(中略)該層状格子ケイ酸塩は(中略)顔料を含む組成物によって(中略)コーティングされたグラビア印刷軽量コート紙」と記載されているとおり、その顔料組成物は層状格子ケイ酸塩を主たる成分とするものであれば足り、副成分として用いる顔料を特定するものでない(このことは前掲甲第二号証によれば本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明による顔料は層状格子ケイ酸塩の大部分から成り、好ましくは、層状格子ケイ酸塩が顔料の少なくとも七〇%であり」(第七頁第二行ないし第四行)と記載されていることからも明らかである。)。そして、《証拠省略》によれば、サテン白は本件出願当時周知の顔料であって、引用例記載の発明はこのサテン白を副成分としてカオリンとともに使用するものであることが認められるから、両発明が主成分としての層状格子ケイ酸塩の構成において一致する以上、引用例記載の発明がサテン白をも併用することは、審決の前記一致点の認定に影響するものではない。

したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。

四  相違点①の判断について

審決は、相違点①(すなわち、本願発明のコート紙に使用される顔料組成物が粒子径〇・二五μ以下のものが五重量%以下であるのに対し、引用例記載の顔料組成物は粒子径〇・二μ以下のものが約二〇重量%以下である点)に関して、引用例は極微小粒径のものは極力除外しようとする指標を教えており、粒子径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下にしてみることは当業者が困難なくできる事項であって、本願発明と引用例記載の発明は数値の差によって著しく作用効果の面において差異が生ずるとは認められない、と説示している。

この点については、原告は、本願発明が紙の圧縮性を得ることを企図して粒子径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下にすることを不可欠の要件とするのに対し、引用例記載の発明は紙の光学的性質の改良を企図して粒子径〇・二μ以下のものの量を数値限定しているのであって、引用例には粒子径〇・二五μ以下のものの含有量をどの程度にすべきかは何ら開示されていないと主張するので、以下に検討する。

引用例記載の発明の特許請求の範囲に記載されている構成は前記のとおりであるが、そこにいう「〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下」は、当然のことながら、〇・二μ以下のものが約二〇重量%から〇重量%の範囲で含有されることを意味する。一方、本願発明が要旨とする「最大で五重量%は相当球直径が〇・二五ミクロン以下」は、〇・二五μ以下のものが五重量%から〇重量%の範囲でのみ含有されることを意味するが、右にいう「〇・二五μ以下のもの」に「〇・二μ以下のもの」が含まれることも多言を要しないところであるから、結局、〇・二μ以下のものが五重量%から〇重量%の範囲で含有される構成も、本願発明の要旨に含まれることになる。したがって、本願発明と引用例記載の発明は「〇・二μ以下のものが五重量%から〇重量%の範囲で含有される構成」において重複していることが明らかである。

念のため付言するに、引用例記載の発明の特許請求の範囲に記載されている「〇・二μ以下の粒度を約二〇重量%以下」という構成が、約二〇重量%以下五重量%以上に限定され、五重量%以下を排除しているのならば、本願発明と引用例記載の発明が〇・二μ以下のものの含有量において重複するとはいえない。しかしながら、引用例記載の発明の特許請求の範囲における「約二〇重量%以下」という記載が、五重量%以下を特に排除しているとは到底理解することができない。のみならず、前掲甲第七号証によれば、引用例には「塗工用顔料を得るべくカオリンとサテン白とを処理するに際し、組合せて引続き乾燥させる前に微細な粒度カオリン分率を除去することが有利である。」(第九、一〇欄第6表下の第九欄第四行ないし第一〇欄第6表下初行)と明記されているのであるから、引用例記載の発明が〇・二μ以下のものの含有量が五重量%以下である構成を特に排除していると考える余地はなく、この意味で、「引用例は極微小粒径のものは極力除外しようとする指標を教えている」という審決の説示は正当である。なお、別紙図面Bの曲線C及びD(これらが、審決が引用例記載の発明として認定したものの数値範囲に含まれることは、前記のとおりである。)が、粒子径〇・二μ以下のものの含有量としていずれも一〇重量%を越える数値を図示している点は、右曲線C及びDが引用例記載の発明の実施例を示すものにすぎない以上、前記の判断を左右するものでない。

このように、本願発明と引用例記載の発明は、紙コーティング用の組成物が「〇・二μ以下のものが五重量%から〇重量%の範囲で含有される構成」において重複しているのであるから、審決認定の相違点①は、いわば見掛け上の相違点にすぎず、本願発明が粒径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下に限定したことは、引用例記載の発明の構成を、単に基準を変えて言い替えたものにすぎないというべきである。

この点について、原告は、本願発明の技術的意義は粒径〇・二五μ以下のものの臨界値を五重量%に数値限定した点であると主張する。

しかしながら、本願発明が限定した数値範囲内の構成が引用例記載の発明の構成と一部において重複している以上、当業者ならば引用例記載のコート紙が本願発明の軽量コート紙と同様にグラビア印刷用にも有効に適用できると予測し得たことは、後記のとおりである。そして、引用例記載のコート紙をグラビア印刷用に適用した場合には、引用例記載の発明も、右の重複する構成の範囲において、当然に本願発明と同一の作用効果を奏することになるから、本願発明の前記の数値限定に格別の技術的意義を認める余地はない(ちなみに、別紙図面Aの図2及び表によれば、斑点生成の程度においてグラビア印刷特性が優れている例として示されている本願発明の実施例Eは、粒径〇・二μ以下のものを九五重量%、一μ以下のものを九二重量%、〇・二五μ以下のものを三重量%とするものであって、引用例記載の発明とはわずかに一μ以下のものの上限(引用例記載の発明は、右の上限を八五重量%としている。)を異にするにすぎないから、両者が奏する作用効果に格別の差異があるとは考えられない。なお、本件においては選択発明の主張はなされておらず、後記五の認定判断に照らしても、本願発明について選択発明が成立するとは認め難い。)。

そうすると、粒径〇・二五μ以下のものの量を五重量%以下にしてみることは当業者が困難なくできる事項であるとした審決の説示は当然に肯認し得るし、本願発明と引用例記載の発明は著しく作用効果の面において差異が生ずるとは認められないとした審決の説示も、もとより正当である。

したがって、相違点①に関する審決の認定判断は、結論において肯認し得るものというべきである。

五  相違点②の判断について

原告は、グラビア印刷用軽量コート紙にはグラビア版と接触し加圧された時の表面が平滑であるための「圧縮性」が要求されるが、本願発明はその要旨とする構成によって初めてこれを完全に達成したものであるから、本願発明がその軽量コート紙をグラビア印刷用と限定したことに格別の意味は認められないとした審決の説示は誤りである、と主張する。

しかしながら、別紙図面Aの表には、粘土G及び選鉱処理タルクを顔料材料とした場合も、印刷特性が優れたコート紙を得られることが示されている。そして、前掲甲第二号証によれば、粘土Gは相当球直径〇・二五μ以下の粒子は〇重量%であるが相当球直径一〇μ以上の粒子が六重量%であること(第一四頁第三行ないし第一五頁第七行)、選鉱処理タルクは相当球直径一〇μ以上の粒子が九重量%であること(第一五頁第一四行ないし第一六頁初行。なお、相当球直径〇・二五μ以下の粒子の含有量は不明である。)が記載され、粘土G及び選鉱処理タルクの粒度分布は本願発明が要旨とする数値範囲を外れることが明らかにされていると認められる。このように、本願明細書には、本願発明が要旨とする数値範囲を外れる粒度分布を有する顔料によっても印刷特性が優れたコート紙が得られるという事実が開示されているのであるから、本願発明はその要旨とする構成によってグラビア印刷用軽量コート紙に要求される「圧縮性」を初めて達成した、という原告の主張は失当といわざるを得ない。

そして、本願発明と引用例記載の発明がコート紙(又は、紙コーティング用の組成物)に関するものである点において共通し、かつ、構成において一部重複する点があることは、前記のとおりである。したがって、引用例記載のコート紙がグラビア印刷用にも有効に適用できるであろうことは、当業者ならば当然に予測し得た範囲内の事項と考えるのが相当であるから、コート紙は多面的に利用されるものであって引用例記載のコート紙もグラビア印刷用に使用しても良好な結果を得ると推測される、とした審決の説示は正当である。したがって、相違点②に関する審決の認定判断にも、誤りはない。

六  以上のとおりであるから、審決の一致点の認定及び相違点の判断はいずれも正当であって、審決には原告が主張するような違法は存しない。

第三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 佐藤修市)

<以下省略>

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